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李が屋敷にやってきた日の話

昔の二人はキャラ違いすぎる・・・(笑


 

「ここが・・・?」
 こつ、と足音が止まる。そして少女はメモから、目の前の家―いや、屋敷に視線を移した。
 まるでお嬢様が住んでいるような、今まで手に届かないと思っていた豪華な家だった。
 少女はその場でしばらく立ち尽くしてしまった。
 少女は今まで、人並みの生活を送ったことがなかった。
 幼き頃、兄がいたがいなくなり、一人で暮らしていたのだが、ある日、借金明細の代わりに、郵便受けにこのメモが入れられていた。
 そのメモの通りに歩き続け、辿り着いたのがここだった。
「・・・騙されたんでしょうか」
 チャイムを鳴らそうにも広い屋敷で、もし悪戯だったら・・・と思うと手が出せないのだ。
 ひとまず、少女は町をぶらつくことにした。
 この町にきたのは初めてで、右も左もわからないのだ。
 町はいたって普通、だった。少女はそれだけでほっとした。
 今まで過ごしてきたのが瓦礫の山や、森の奥地などだったのだ。その分、この町が綺麗に見えるのだが。
「それにしてもこのメモ・・・一体、誰が書いたんでしょう」
 身に覚えのないこの町に何があるというのだろうか。
 幸い、というべきか、少女は荷物をほとんど持っていなかった。服にしろ、日用品にしろ、買うお金がないぐらい貧乏だったのだ。
「あっ・・・」
 突然、角から黒い帽子を被った何者かが少女にぶつかってきた。そして、持っていた手荷物をばっと奪って走って行った。
 反射神経があろうとも、あれをかわすことは不可能だっただろう。少女が振り向いた後、その場にはもう人影すら見えなくなっていた。
 少女は途方に暮れた。いや、荷物を取り返すべきだということはわかっているのだが。
 どこを曲がれば何があるのか、どこが行き止まりなのか、少女は何一つわからない。それでは探す手がかりがない。
「ど、どうすればいいんでしょう」
 あの屋敷に戻ろうか、とも考えたが、町を歩いてここに戻ってこれない可能性だってありえるのだ。
 近くにあったベンチに座ろう、そう思い足を一歩動かした瞬間、どこか遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「・・・ど、どなた?」
 少女には特殊な能力があった。
 ―だが、その能力が活躍することはなかった。能力の話はまた、別の話にしておこう。
 悲鳴の方向から腕まで凍りついた黒い帽子の男がやってきたのだ。その男は何かから逃げているように見えた。
 その男は少女とは逆の方向へと走り去って行った。少女はぽかん、としたままその男の背中を見つめていた。
 ふと、男が逃げてきた方向からもう一人、男がひょいと顔を覗かせた。
 逃げた男を捕まえにいくのだろうか。しかし、男は少女と目が合ったと思うと、何か思い出したような表情を見せた。
「これ、お前のか・・・?」
 そう言って出してきたのは少女の荷物だった。どうやら、あの男から取り返してくれたのだろう。
「あ、ありがとうございます・・・」
 少女はその荷物を入れたカバンが、あまり綺麗でないことに気付き、顔を赤らめさせた。
 田舎者、そう言われて追い出されたこともあった気がする。それと、あの能力でこわがられたことも・・・。
 カバンを素早く受け取り、一礼をして、少女は男に背を向け、走り出した。―いや、走り出そうとした。
「おい」
 肩をぐいと引かれ、少女は危うく尻もちをつきそうになった。
 驚いて男を見ると、申し訳なさそうな顔で、「悪い、足、怪我してないか?」
 と、言った。
 確かに、少女は怪我をしていた。先ほどとは関係ない、ここにくるまでの怪我だ。
「だっ、大丈夫です、慣れてますから・・・!」
 長いスカートで足を隠す。靴もボロボロで、見せたくないと思っているのだ。
 だが、男は首を傾げ、少女の腕をぐいと引っ張った。
「我慢するもんじゃないだろ」
 男は持っていた肩掛けのカバンから絆創膏を取り出し、少女の手の平に置いた。
「足りるかわからないけど、持っておいて損はないだろ?」
 そう言って男はふっと笑みを浮かべた。
「それじゃ、気をつけろよ」
 男はくるりと、きた道を戻って行った。
 残された少女の手には絆創膏。そして頭にはあの笑顔がいつまでも消えず、残っていた。

 決心がついた。そして屋敷のチャイムに手を伸ばしたのは、事件があった2時間後だった。
 屋敷のまわりをウロウロしていてても怪しまれてしまう。それならばいっそ、という結論に至ったのだ。
 ボーン、というチャイムが鳴るが、一向に誰かが出てくる気配がしない。
 誰もいないのだろうか。そう思い溜息をついてから、ぎぃ、と屋敷の扉が開いた。
 こつこつと革靴の音が聞こえる。大きな門が小さく開いた。
「お久しぶりです、お嬢様」
「あ・・・えっと、暁夜・・・さん?」
 覚えててくださったのですね。と、暁夜はお辞儀をした。
 少女の手に握られたメモを見て、眉をハの字に曲げた。
「お嬢様一人で、大変だったでしょう。私がついていたかったのですが、屋敷の準備ができていなかったので」
「準備、ですか?」
 どうやらこの屋敷、長年使われていなかったらしい。
 よく見れば、庭も雑草が生い茂り、門もボロボロだ。
「ところで、この屋敷は・・・」
「お嬢様の家です」
 少女は目を丸くした。いや、驚いた、という感覚ではないだろう。
 ここが自分の家、と言われ誰が信じるだろうか。ああそうですか、と言ってあっさり信じられるだろうか。
「意味がよく、わからないんですが・・・」
「あなたのお兄様・・・旦那様から聞きました、それをお嬢様はお聞きにならなかったのですね」
 こくり、と頷くと、暁夜は笑顔になった。
「わかりました、私が全てお教えしましょう。ですがここは寒いでしょう、中にお入りください。まだ、散らかってますが」
 暁夜に促され、屋敷の中に「おじゃまします」と告げて入る。
 使われていなかったといえども、中は大分綺麗に見えた。シャンデリアがつりさげられ赤いカーペットが敷かれている。
 リビングは広く、古臭いソファとテーブルが置いてあった。暁夜は少女から預かった荷物をソファに置き、少女を椅子に座らせた。
「紅茶、コーヒー、それとも・・・」
「水でもいいですよ」
 暁夜は冷蔵庫を閉じ、「それはいけません。それでは、オレンジジュースを用意いたしましょう」
 少女は暁夜の姿をまじまじと見つめた。
 お久しぶりと挨拶したものの、彼とはあまり話したことがない。
 小さい頃、彼を助けたことがあると兄から聞いたたが、その記憶も残っていない。
 少女にとっては彼は、赤の他人にすぎないのだった。
 暁夜はオレンジジュースを注いだコップを少女の前に置いた。少女はそれをぐいっと飲み干した。
「お疲れですか?」
「少し・・・でも、聞かせてください。お兄ちゃんから聞かされた話を」
 わかりました。と、暁夜も椅子に座った。
 暁夜の話はそれほど長いものでもなかった。話が終わった後、少女が眠いと感じたぐらいだ。
「私が助けられた後、旦那様からあなたを守るように命じられました。旦那様があなたを守れない代わりに、と。私は勿論引き受けました。なによりお嬢様にいただいた命ですから、恩を返すのは当たり前のことです。
 命じられた後、私は旦那様からいただいたお金で勉強をして、ここの執事をやっていこうと思ったのです。そして旦那様から渡された手紙を見てここにやってきたのです。
 すぐにでもお嬢様をお迎えしたかったのですが、誰も住んでいない状況だったので大分汚れていて・・・これでも大分よくなったと思うのですが・・・。そして先日、お嬢様の住んでいると教えられた家の郵便受けにそのメモを入れさせていただいたのです。
 旦那様がどうしてこの家を持っていたかというと・・・旦那様、いえ、お嬢様を含め、あなたがたの両親がこの屋敷に住んでいたらしいのです。
 あなたがたがどうしてこの家にいなかったのか、私はわかりません。ですが、旦那様は両親が残した財産を受け継いて、ここに住むと決められたのです。遺書にも、ここに住めと書かれていたそうですが・・・」
 少女はオレンジジュースを3杯飲んで、のどが渇いていたことに気がついた。
 とにかく、これからはここに住むことになったのだ。頭が整理されない中、それは確実に理解できた。
「本当に、ここが私の家?」
「そうです。そして私がお嬢様を守らせていただきます。執事として・・・よろしいでしょうか?」
 もちろんです。少女が笑顔を向けると、暁夜はほっと安心した様子を見せた。
「あの、暁夜さん」
「何でしょう」
「李、と呼んでいただけませんか?」
 少女―いや、李は照れ臭そうにそう言った。
 だが、暁夜は首を横に振った。
「執事ですから、お嬢様の名前を呼ぶことはできません」
「固いですね」
「執事ですから」
 そう言ってお互いに笑った。
 李は用意された部屋に案内され、ふかふかのベッドにどさりと身を沈めた。
 自分の部屋、なんて、まるで夢のようだ。もしかしたら夢なのかもしれない。そう思い頬をつねろうとするが、手を止めた。
 これが夢でも構わない。李はそう思ったのだ。
 もし、夢だとしたら、どこからが夢のようなのか、と言われたら、この町に辿り着いたときからが夢だろう。
 今日一日が大事件のようで、李は疲れのせいか、電気も消さずに眠りについてしまった。

 

 朝食を食べて、暁夜と買い物に出かけることになった。
 李は服を持ってきていない。いや、まともな服を持っていなかったのだ。
 新しい服を買おう、と暁夜に言われ、今日は買い物に行くことになったのだ。
「よく、眠れましたか?」
「ええ、昨日のことが夢みたいって思ってたんですけど・・・夢じゃないみたいですね」
 くすり、と笑って紅茶を飲んだ。甘く美味しい紅茶だった。
 町は静かで、それでいて賑やかだった。
 子供がはしゃぎ、遊び、ゆっくりと時が流れているように思えた。
 輝いている太陽が微笑みかけてくれているような、そんな気もした。
「お嬢様、ほしいものがあれば何なりと申しつけ下さい。といっても、これはお嬢様方のお金なのですが」
 李は、暁夜の持っていた財布をまじまじと見た。
 ちらっと見えただけだが、大分お札が入っているようだ。それを見て李は不思議だった。
 今まで借金をしたり、満足に食事もできなかったのに、突然お金が舞い込んできた。
 それは地獄から天国へ一気にのぼっていったような、そんな感覚だった。
「お嬢様、暫く洋服を見ていてください。私は、夕飯の買い物を済ませてしまいます」
 簡単な物ですが、と言って暁夜はその場を離れて行った。
 大きなスーパー、それだけで李は目を輝かせた。
「ちょっと、君!」
 スーパーに入ろうと自動ドアを開けた瞬間、背後から声がしてびくりと肩を震わせた。
 振り向くとちょこん、と小さな男の子が立っていた。
「はい・・・えっと?」
「昨日、篭籠と話してたよね?」
 篭籠、その名前に聞きおぼえがあった。いや、忘れられるはずがなかった。
 なぜなら李は彼に助けられ、彼に奪ったものを返してもらい、そしてまた奪われたのだ。
 何が、と言うのはいちいち説明する必要もないだろう。
「えっと、あの、紺色の髪の・・・」
「そうそう、それでね、君のこと心配してるみたいだったから、元気そうでよかった!」
 男の子はにこっと笑い、尻尾をぱたぱたと揺らした。
 普通の尻尾より大分長い尻尾。赤い髪に紅色の耳。いやに目立つ色合いの服。
「ああ、僕は妃遥薇っていうんだ。君は・・・」
「あ、李、黒翼李、っていいます」
 ぺこり、とお辞儀をすると、妃遥薇もぺことお辞儀をした。
「それじゃ、僕はこれで・・・急にごめんね」
「い、いえ・・・あ、あの!」
 その場を去ろうとした妃遥薇を引きとめる。
 きょとん、とした顔を見て李は緊張した。彼の返事がこわかったのだ。
「えっと・・・よかったら、友達になっていただけませんか?」
 表情は変わらない、李は心臓がばくばくと鳴っているせいでより恐怖を感じていた。
 しかし、彼はすぐに笑顔を見せた。
「もちろん! この町は広くないし、またばったり会うかもね!」
 そう言って彼は手を振り姿を消していった。
 李はほっと安堵のため息をついた。そして軽い足取りでスーパーの中へ入って行った。


 スーパーは広い、とは言えなかったが、李にとっては十分な広さだった。
 色とりどりの洋服に目移りして、李はずっとわくわくしっぱなしだった。
 こんな楽しいことがあったなんて。李はそれが嬉しかった。
 趣味と言える趣味がなかった李にとって、新しい発見をすることが何よりの楽しみだった。
「きゃっ」
 どん、と肩がぶつかり危うく転びそうになる。
「どこ見て・・・っ、てめぇ、昨日の・・・」
 ぶつかった相手は昨日、荷物をひったくった男だった。
 それだけならまだよかったのだが、相手は一人ではなく三人だったのが災いだった。
 逃げなければ、そう思いばっと振り返り今きた道を駆け抜けた。相手は三人だが、逃げ切ることは不可能ではない。
 相手の足が速いが李は上手く階段を駆け下り、スーパーの外へ出た。
 しかし、裏通りへ隠れる寸前に腕を掴まれてしまった。
「今日も一人みたいだな。よくみれば、結構カワイイじゃねぇか」
 男が李の髪に触れる。ぞっとして、身動きが取れない。
 やめて、そう言おうとして息を飲んだ。
 がつん、という音がして一人の男がその場に倒れこんだのだ。
「何やってるんだ、お前ら」
「女の子一人にみっともないよ!」
 そこにいたのは篭籠、妃遥薇だった。
 二人はあっという間に男を蹴散らして、李を連れて公園へと逃げ込んだ。
 瞬きをする暇もなかったかもしれない。李はベンチに座ったまま動けなかった。
「大丈夫? ここ、そんな治安悪くないんだけど・・・ああいう人いるみたいだから気をつけないと・・・」
「ご、ごめんなさい、私は大丈夫です」
 そう言って我に返り、すっと立ち上がろうとしたが、足に痛みを感じまたベンチに座り込んでしまった。
 どうやら、逃げている途中どこかにぶつけたらしい。今になってずきずきとした痛みが襲ってきた。
「足か、見せてみろ」
「い、いいです!」
 しかし李の言うことも聞いてか聞かずか、篭籠はひょいと李の長いスカートを軽くめくった。
 ぼろぼろの足、あまり人に見せたいと思わないものだ。李はかぁぁと顔を赤く染めた。
「だ、大丈夫?」
「あの・・・私・・・」
「絆創膏じゃ足りないな」
 李の言葉をさえぎって、篭籠は立ち上がった。
 李、妃遥薇がきょとんとして見ていると、篭籠がひょいと李を抱えあげた。
「家まで送る」
「ええっ・・・! いえ、あの、大丈夫です、お、降ろして下さい・・・!」
「篭籠、紳士っていうか誘拐犯みたいだよ」
 ―その後、ちゃんと降ろされ暁夜に見つけられ、無事に家に帰ることができた。
 李は部屋に戻り、ベッドに腰をかけて、じっと足を見た。
 そしてその足に絆創膏を一枚、ぺたりと貼り付けた。
 数日後、靴も買い、足の傷もみるみるうちに治っていったのだが、やはり、治らないものが一つだけあった。
 それは―簡単に言うと、恋の病、というものだろう。
 それが彼等と彼女との出会いだった。

 そして彼女の恋が実ったかというと―これもいずれ、別の話で。
 

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